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2013-10-22(Tue)

色々

■嫌われるのを過剰に恐れる動機として、嫌われると困った時に他人に助けてもらえないからと言うのがある気がするけど、それは裏返すと、不当な扱いを受けてる人が嫌いな人ならば放っていてもいいことを正当化する言説になり得る。
自分も、困ってる人がいてそれが凄く嫌いな人だったと言う場面に直面したら助けないかも知れないけど、それは開き直って正当化するようなものでもないこと。

■その場面での設問とその解に過ぎないものを、どんな場面にも適用的と錯覚してしまう癖。
何処かに悪を設定してまで自分の中の矛盾を解消して整合化しようとする癖。

■制作時の「散らかり」は制作過程の動線の轍、及び、未だ頭中にある作品の様相の一部の現前。

■何の前提もなしに価値だけが決定されることはないと思うけど、価値判断している主体がその「前提」を無自覚であることはある。

■アウトプット(制作)を繰り返すことで、最初は薄ぼんやりとした「作品が目指すゴール」が徐々に明瞭となっていく様に、観者が在ることによって発生する意見により無自覚なものが顕在化し、明瞭なゴールに近づくプロセスもある。

■「見て‥今日は星が綺麗に見えるよ」「…」「と言っても君の故郷の空に比べたら全然か‥」「…」「あれ、オリオン座‥たしかオリオン座のどれかの星はもうないんだ」「…」「もうないけど光だけが届いてるんだって」「…」「寒いね。中に入ろうか」「…」「もうちょっとこうしてようか」
登場人物:僕、空気

■「あの人が私にとっている態度は、私が気に入らない人にする態度と同じだから、あの人は私のことが嫌いなんだ」と言う思い込みは「自分はそうだけど人はそうじゃないかもしれない」と言う想像力の欠如で、更にそれを「誤解される態度をとる方が悪い」と開き直るのは多様性を認めない排他的態度だよね。

■何かに対する批判的思考にも、冗談を言おうとする時にも、エロいことを考える時にも、何にしても慣習的思考はつきまとうけど、それから逃れるには自省することが前提だと思う。だけど、自省する時にも慣習的思考が作用していると言うことを忘れたら、慣習的思考から抜け出すことはできないな。

■実は、自己表現(自己をあらわす)の働きをより果たすのは、作品制作より寧ろ、作品(他者作品、自作品、問わず)に対する意見を述べる時なんじゃないか。
「私はこの作品をどういうつもりで観ている」と言う言明の中には、嫌でも自己が起ち現れてきてしまうのでは?、と思う。

■男性の、抑制し続けると鬱屈しがちな強い生殖欲求や、女性の生理前の鬱等を見ると、人間の性質はどんな状況でも幸せになることよりも、生殖することに傾向してるよね。
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Author:鳥はとびつつ老いてゆくのみ
かく撃ち抜かれたる兵士の眼

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