2010-06-12(Sat)
甲乙と何か
甲
よしっ頑張るぞーっ
「エイッ、エイッ」
………
乙
「オーッ」言えよっ
甲
…
オーイェーイ
乙
違う違う
「オーッ」を言えよ
って言ったの
甲
オーイェーイ
乙
んっ、
だから
「オーイェーイ」じゃなくて
「エイッ、エイッ、オーッ」のーっ
「オーッ」の部分を言えっつったのっ
わかるっ
甲
アァァ
…
オーイェーイ
乙
…
もういいよっ
甲
…
モーイェーイ
乙
「モーイェーイ」
って何だよっ
甲
…
知らーん
-----------------------------
「論理」とは
言語化可能な情報を意識下で理屈だてたものであり
「感覚的なもの」(以後「感覚」)とは
言語化可能、不可能な情報を無意識下で処理したものである
「論理」とは、
「感覚」の言語化可能な領域のことであり、
「感覚」の一端である
論理に用いられるツールである言葉(言語)は、
論理性に縛られているかに思われるかも知れないが感覚的である
例えば、
「明るい」と言う言葉と、
「暗い」と言う言葉
この境界は感覚的である
これは、
「論理」と「感覚」の線引きが曖昧であり
境界が明確に在る訳ではなく地続きであると言うこではないだろうか
そして、それは上で述べたように
「論理」が「感覚」の一端であるからである。
「論理」の弊害の一つは、
情報を意識の上で把握できる言葉(理屈)に置き換える作業の過程で言語化不可能な細部が削られてしまうことであったりする。
「感覚的なもの」の弊害の一つは、
人がコミュニケーションの方法として多くを頼っている「言葉(言語)」に置き換えることが出来ないため
情報として共有しにくいことであったりする。
よしっ頑張るぞーっ
「エイッ、エイッ」
………
乙
「オーッ」言えよっ
甲
…
オーイェーイ
乙
違う違う
「オーッ」を言えよ
って言ったの
甲
オーイェーイ
乙
んっ、
だから
「オーイェーイ」じゃなくて
「エイッ、エイッ、オーッ」のーっ
「オーッ」の部分を言えっつったのっ
わかるっ
甲
アァァ
…
オーイェーイ
乙
…
もういいよっ
甲
…
モーイェーイ
乙
「モーイェーイ」
って何だよっ
甲
…
知らーん
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「論理」とは
言語化可能な情報を意識下で理屈だてたものであり
「感覚的なもの」(以後「感覚」)とは
言語化可能、不可能な情報を無意識下で処理したものである
「論理」とは、
「感覚」の言語化可能な領域のことであり、
「感覚」の一端である
論理に用いられるツールである言葉(言語)は、
論理性に縛られているかに思われるかも知れないが感覚的である
例えば、
「明るい」と言う言葉と、
「暗い」と言う言葉
この境界は感覚的である
これは、
「論理」と「感覚」の線引きが曖昧であり
境界が明確に在る訳ではなく地続きであると言うこではないだろうか
そして、それは上で述べたように
「論理」が「感覚」の一端であるからである。
「論理」の弊害の一つは、
情報を意識の上で把握できる言葉(理屈)に置き換える作業の過程で言語化不可能な細部が削られてしまうことであったりする。
「感覚的なもの」の弊害の一つは、
人がコミュニケーションの方法として多くを頼っている「言葉(言語)」に置き換えることが出来ないため
情報として共有しにくいことであったりする。
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