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2012-03-28(Wed)

色々

■芸術が存在するのは何故か?を考える時に芸術だけを他の娯楽と切り離して考えることには違和感がある。芸術は役に立たたない、役に立たたないけど在り続けているモノは芸術に限らずいくらでもある。で、そう言うモノは何故あるか?や芸術の特性を語るならわかる。

■花粉にとって授粉はリア充。そして人間の鼻粘膜につかまりリア充を逃した非リア充花粉のルサンチマンが花粉症の症状を引き起こす。

■自分ルールを「常識」だとか「当たり前」だと思うのは同調圧力や共通了解に到るものの初期作用だよなー。本能的なものだと思う。その初期作用が強くてその勢いだけで人を押さえ付けようとする人は支配欲に支配されていると言えるよなー。

■「頼むっ、一回、一回でいいからにゃんにゃんさせてくれっ」って言えば下衆な主張にも少しは可愛げがでるのでは。

■経営者は美談が好き。美談が成り立つと従業員が心理的報酬で働いていてくれる。道徳心を人質に取れば無茶してくれる。経営者の提示する道徳を疑わないことも無茶し過ぎて心身を壊したりしてしまう一因である気がする。
その美談は誰が何のために流布したのか動機を疑う必要はある。

■日頃そのことについて深く考えていないモノに対しての瞬発的な思考が瞬間的に知覚できる部分(概して表層部)に対する反射になってしまうのは仕方ないけど、その「反射」をそのまま表明しただけで後はほったらかしにしておいて解ったような顔をしている無責任な人にはなりたくないなー。

■何事に中途半端な状態は在る訳で、中途半端な状態がいけないのではなく、自分が中途半端な状態だと言う自覚がなく、それで何かに結論付けちゃうことがよろしくないのだと思う。

■「考える力が大切だ」って言っても限られた知識の視野で考えて行っても、偏りが強くなって行くか、抽象的で何にでも当て嵌まって「結局、何も言ってないのと同じ様な答」しか出せなくなる。
手持ちの知識の不足を棚上げして「精一杯自分で考えてやってる」みたいな表明はしたくないなー。

■何かの根拠に上げる比較対象が本当に自分の思っているものと寸分違わぬものかを疑うことは必要だよなー。ただ自分のイメージと比較しても何の根拠にもならない。
自分を疑う構造を持たないモノが公平や中立な立場である訳がない。

だから、「総ての女子はフラれた後『なーに暗い顔してんの? 可愛くないぞっ 笑って そうそう その方が可愛いよっ きっといいことあるから』と鏡に向かって言えば次の日には綺麗さっぱりと吹っ切れているから楽だよなー」と言う考えを改める。
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