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2012-11-30(Fri)

いぬ・犬

難しいことを簡単に説明できる人が「頭がいい 」と言う幻想がある。
知っているならば人に説明できる筈だ、と言う人は本当に犬を知らない人に犬を解るように説明できるだろうか。

専門性にどっぷりなほど専門用語を直感的にあつかうので専門外の人(素人)に説明するのが困難になる。

「我々は『犬』と言った時に犬のイメージと直観に出会っている。」と芦田先生が言ったように、犬と言った時に一々「四本足の毛むくじゃらの 生き物」などと「犬を説明する言葉」や「定義 」を思い浮かべない。 専門用語は長い言葉(用語からアプリオリに見たときの「定義」)を収縮したものだ。 初めはその定義、意義が前面化しているが、しかしどの言葉も(専門用語も)使い込んでいくほどイメージや直観に収束して行く。
なぜなら、言葉の意味は辞書に載っている定義ではなく、用法または文脈に依存している。 「いぬ」と言う音に「犬」と言う意味がはじめからあったわけではない。 言葉の持つ意味が用法に依存するならば、例えばある人物の周りりで「愛」と言う言葉を卑しい動機で使う人間が多かったら「愛」と言う言葉の意味はその人物にとってそういう(卑しい)モ ノになる。 つまり、卑しい意味が「愛」と言う言葉を通過してその人に届くので、愛(「あい」と言う音 )はその人にはとって卑しい意味と繋がってい る。

言葉に先行して在る意味が(人が犬を「いぬ」 と呼ぶ以前から犬は犬であった)言葉を通って我々に到達するのならば、言葉は意味の通り道 と言えないか。

定義に依存してないと言ったけれど、曖昧な定義の言葉(上で例に出した「愛」のように)ほ ど多様な使われ方がされるので多様な(人によ って違うと言えてしまう)意味を持つ(つまり 曖昧)のは必然。 辞書に載っている定義は、意味そのものではな く、意味をある程度そこに導く道標なのではな いか。
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