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2016-02-11(Thu)

いろいろ

■自分がポシティブだとかネガティブだとかを気にする人は無数にいるけれど、何らかの実績を出した人がポシティブなら、「あの人はポシティブだったから(何度失敗しても挑戦し続けれた、だから)成功した」と、実績を残した人がネガティブだったら「あの人はネガティブ(で警戒心が強くて常に予防策を設けることを怠らなかった、)だから失敗しなかった」と、どっちにしろ後から取って付けたように説明できるので、先にポシティブ(ネガティブ)だから成功/失敗する、幸福/不幸になると結論付けるのも只の日常会話だから気にすることないのではないかと思った。
あと、例えば「ポシティブな人は楽天家で予防策を考えないから失敗する」と言ったのに対して、「そう言うのはポシティブとは言わない」と言う風に、個々人でその内容を選り分けれてしまうので目の粗いザルのように機能してないように思える。
続いて、成功した人が成功したものに対してポシティブなことが多いのは、成功した後だから当たり前で、それはポシティブだから成功したんじゃなくて、成功したからポシティブになれた(のかもしれない)。

■恋愛の内容を共依存か共存かって言葉で表現するような言説があるけれど、結局子育てや生活、二人で何か経営する等何らかの共闘がないと依存関係に終わり易いのではないかって、愛や恋に縁遠い僕がぼーっと思った。

■人が素朴に自明だと思い込んでいるモノの確実さを疑えないのは、自分の足場を失わないための能力なのかも。
自分の何気ない考えと言うのは、何か独立したロジックがあってそれによって正誤を判断してるのではなくて、自分の足場になっているモノが先行していて、それに沿った答をだして、更に後追いのようにその答を正当化するロジックを組み立てているってイメージした方が正しい気がする。
以後その答をふるいに使ってひたすらその自説を強化するような情報をコレクションしていくか、自ら出した回答から自分の足場の正体を探ろうとするか。

■社会を円滑に駆動させるために現行の社会の価値を刷り込まれるのだから、運悪くその価値の物差しの下位に位置付けられ、更に大人になっても価値を読み直し損ねたり、物差しを相対化し損ねた末、こぼれ出たものの受け皿は社会が用意しなければ、と思うのだけど。
そう言うものをリーズナブルに済ませようとするための方便として機能するときの「努力」と言う言葉。

■人は「必ず到達できる幸せがどこかにある」と生理的に思い込むようになっているけど、現状のままでいる不快感をより早く解消(しようと)するために既存の価値に反射的に飛び付くのは合理的なのかも。

■概して「身勝手さ」が常に少数派の持ち物と思われていることが差別的な気がする。

■あるものが当たり前になればなるほど、そのあるもの自体が見えにくくなって(透明化して)しまうことが、色んなことの説明を困難にしてる。

■想像力を持つって言うのは、自分には想像力がない(想像できない部分がある)と言う想像から始まるんだと思う。

■勝者と敗者を分けるシステムは、ある一定の生産率を上げると同時に敗者と言うラベルを拒否するために弱音を吐けない環境としても機能してる。
これは、「横並びにしてしまうと才能の芽を摘んでしまうことになる」と言う話と対立する様に見えるけど、相容れないと言う思い込みするような思考みが、直接才能を去勢するわけでないけど、そのような思い込みをする定型的な思考は、例えば誰かの研究に対して「こんなもの何の役にもたたない、無駄だから予算を打ち切れ」とか、有用/無用が自明だと思い込む別の定形的な思考になって才能を去勢しているんじゃないかって言う根拠のない霊感が働く。

■対話の不成立は言葉が正確に使われていないことによって起こってると思われがちだけど、それより遥かに文脈の不共有によって起こってる。
いくら一つ一つの言葉を正確に積み上げていっても文脈を共有してなきゃ話が通じないし、逆に共有してたら言葉が雑(主語なし等)でも通じる。
でも多分、一番多いパターンは「共有したくない」と言う心理的なものだと思うけど。
そう言う心理的なもののメタファーとして「言葉を正確に使ってないからわからない」が使われているのかも。

■年々ハロウィンが盛り上がってクリスマス下がって肩をならべるくらいの気がする。
クリマスの恋人同士の個対個の過密な関係性に疲れていて、皆と盛り上がるハロウィンの均質的で気楽な関係性が選ばれているのか。

■自分は人見知りだから大目に見てと言う人が他人の人見知りに不寛容だったりすることは何度かみてきた。
人見知りに限らず「私はAだから大目にみて」と言うときは、まず自分が他人のAに寛容であるかを考えないと、「私だけ大目にみて(特別扱いして)」と言っているのと変わらないと思うけど。
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